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三日月と私とiPhoneと

身軽になりたくて断捨離中な日々のつれづれ

(untitled)

私の今年のテーマは「諦める」。
kuunsirppi.hateblo.jp

今の職場で働き続ける間、穏やかな気持ちにはなれません。
子どもと一緒に暮らしている間、価値観の合わない両親と暮らしている間も同じく。
職場や家でイライラ → 「穏やかに暮らしたいのに」とさらにイライラ のスパイラルに陥るぐらいなら「穏やかに心地よく暮らす」こと自体を諦めたほうがいいと思いました。

 

なんだけど、心のどこかで諦めてなかったんだと思う。
思いきって仕事を辞めたことで「穏やかに心地よく暮らせる」んじゃないかと期待したんだと思う。


現実は、仕事を辞めただけで、息子や両親との暮らしは継続している。
仕事を辞めたことで仕事上のイライラは無くなったけど、家での滞在時間が増えて、家でのイライラは増えている。


両親とはお互いに譲り合えないことがあったりするけれど、お互い大人だから話し合うことはできる。
問題は息子。全く話し合いにならない。まず私の話に耳を貸そうとしない。
自分は100%正しくて、自分は何も悪くなくて、起こったことはすべて他のせい。
反省とか罪悪感とか、そんな言葉は息子の辞書に載ってない。


息子と一緒に暮らしている限り、穏やかで心地よく暮らすのは無理なんだという絶望感。
そして、息子をそんなふうに育てたのは、ほかでもない自分なんだという絶望感。
職場から逃げ出すことはできても、家から逃げ出すことはできないという絶望感。


絶望の淵に立たされて、諦めてなかったことを思い知る。
この絶望的な状況から逃げ出せないことも。
 

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