三日月と私とiPhoneと

身軽になりたくて断捨離中な日々のつれづれ

自己肯定感を高める方法:その1 経緯

私は自分に自信がなくて、
自己肯定感が欠落していて、
長所は全然なくて、
生きていく理由と価値は「子育て」しかなくて、
早く人生を終わらせたいと思っていて、
断捨離して身軽になりたいというのも生前整理の意味でやっていて、
そんな自分が大嫌い。
 

自己肯定感の欠落について、長いこと自覚はありませんでした。
ここ数年「自己肯定」「自己否定」というキーワードを見かける機会が多くなり、自分が当てはまっていることに気付いたのです。
原因として思い当たるのは、
 
まず、両親から肯定されなかったこと。
褒められた記憶は一度もありません。
自分なりに頑張っても認めてもらえない。
かと言って、ひどく否定された記憶もありません。
私は可もなく不可もなく、中ぐらいの普通のレベルなんだなと認識します。
話が少しズレますが、団塊ジュニア世代の、大勢の中で「普通」というのは存在感が示せないわけで。
とくに私は高校大学でちょっと特殊な競争世界に身を置いていたので、普通じゃダメだったんです。
当時は、自分の存在感の無さに悩み苦しみました。

 
次に、元夫から否定されまくったこと。
もともと「自分は普通レベル」と思っていたところに否定の言葉を浴びせ続けられて「自分は何もできない、何も頑張ってない、最低レベルの人間」と認識します。
 
以降、第三者から「すごいね」「頑張ってるね」「素敵だね」などと褒められても、一切受け入れられなくなりました。
私は人から褒められるに値しない人間なので、それらの言葉はお世辞や社交辞令としか思えなかったのです。
だけど、こういう考え自体が「自己肯定感の低さ」「自己否定感の強さ」なのではということに気付いて、思い当たる原因もあり、自分は自己肯定感が欠落しているということに苦しむ次第となりました。
 

この苦しみから脱却するためには「自己肯定感を高める」しかないと思い、その方法をいろいろ調べました。
だけど、自己肯定感ゼロの状態なので、どれも無理だと思ってしまう。
あるがままの自分を受け入れるなんてできないし、自分や原因を作った相手の全てを赦すなんて意味がわからないし。
「私はダメ人間だから、自己肯定感を高めることも無理なんだ」と、どんどん落ちてしまう一方です。
仕事で多大なストレスを抱えて、子育てもうまくいかず、苦しみからの脱却は諦めて、今まで通り底辺にしがみついて生きていくしかないんだろうなと思いました。
 

ところが、そんな状況の中に一筋の光が差し込んできました。
(長くなるので続きは明日書きます)
 


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